――― ご苦労さん
そう言って、あたしの頭に軽々とのせられる大きな手。
この手に頭を撫でられるのが好きで、それだけで笑顔になって疲れが取れる。
だから職員会議が終わって、だるそうに音楽準備室に戻ってきた金やんを見たら、自然と手が伸びた。
でもそれよりも先に、いつもと同じように金やんの手が頭にのせられる。
「留守番ご苦労さん。何もなかったか?」
「え、あ…うん」
…失敗。
「そりゃ結構」
手が離れたかと思うと、金やんは椅子に深く腰掛けて大きく息を吐いた。
「は〜疲れた疲れた。なんだって教師には、あんな肩っ苦しい会議なんてもんがあるんだかな」
「先生だから、じゃない?」
「教師だって得て不得手があるだろうに。得意なやつが出りゃいいだろう」
「ちなみに金やんが得意なのは?」
「猫集会の進行」
――― ある意味、凄い特技だ…
「だりぃ〜…」
それにしても生徒の目の前で、こんなに不平不満を述べつつのんびりする先生ってのはどうなんだろう。
でもそれも…気を許してくれてるから、だよね。
…そう、思っていいよね。
思わずほんわかした気分になって頬が緩んだけど、当初の目的を思い出して背筋を伸ばす。
疲れた先生を癒すべく、まずは頭だよ、頭!
普段は遙か頭上にある頭が、椅子に深く座ってるせいで目の前にあるんだもん!
とにかく、頭!!
ごくりと息を飲んでから、そぉ〜っと手を伸ばして頭に触れようとした瞬間、金やんがくるりと振り向いた。
「っ!!」
「…〜?お前さん、何企んでる」
「た、企んでなんか…」
…と言い掛けて、自分自身に問いかける。
企んではいない。
…ただ、金やんの頭を撫でたい。
ただそれだけ。
…だから、多分これは企んでるんじゃない。
答えが出たところで、きっぱり言い切る。
「…うん、企んではいない!」
「お前さんは、本当に嘘がつけないヤツだなぁ〜」
「う、嘘なんてついてないもん!」
「企んではいないんだろ?」
「うんっ!」
「だが、何か俺にしようとしている」
「………」
ずばり言い当てられて、思わず声をなくす。
そんなあたしを見て、肩を震わせて笑う金やん。
「…くっくくく」
「わ、笑わないでよっ!」
「これを…笑わずして、何を笑えって?」
そう言うが早いか、耐え切れないように思いっきり声をあげて笑い出した。
「はははははっ」
「か、金や〜んっ!!」
「は〜笑った、笑った」
「あれだけ笑えば満足でしょ」
大笑いしていた金やんに背を向けて、膝を抱えて椅子に座る。
折角、折角、頭撫でてあげようと思ったのに!
癒してあげようと思ったのに!!
頬をはちきれんばかりに膨らませていると、ぽんっと大きな手が頭に乗せられた。
「いやはや…おかげさんで疲れが吹っ飛んだぜ。ありがとさん」
「…どーいたしまして〜」
勝手に怒って膨れてる自分が情けないやら悔しいやら…そのままそっぽを向こうとしたあたしの顔は、金やんの声を聞いて逆の動きをすることとなる。
「んじゃ、さっきお前さんがやろうとしてたこと、言ってみな」
「…へ?」
「笑わせてくれたお礼、だ。出来ることなら、叶えてやるよ」
椅子に座ってるあたしの前に回って座り込んで、あたしを見つめる視線。
普段なら、見上げなきゃいけない金やんの表情が…あたしの目線よりも、断然下にある。
「…ほれ、言ってみろ」
笑われるかもしれない
何、馬鹿言ってるって言われるかもしれない
でも…それでも、あたしは…
「あの、ね…」
――― 頭、撫でさせて
子供の頃は当たり前のように撫でられたり叩かれたり(あれ?)されるもんですが、大人になると早々ありません。
だからでしょうか…頭を撫でられたり、撫でるのが好きです。
なんだか凄い嬉しい気持ちになります。
大人になると「アタリマエ」と思われがちな事でも、他者に褒められたりする事によって達成感やら喜びを感じる事があります。
なので、もしも最近目に見えて褒められてないな〜と思ったら、身近な甘えられる人に頭を差し出してみましょう。
…ただし、相手は選びましょうね。
楽しくツッコミ入れられたりしたら、私責任取れませんし(苦笑)
さてさてこの後、金やんの頭は撫でられたのか、却下されたのか…それは、二人の秘密ってことで。